アルケミスト


「まだ若い頃は、すべてがはっきりしていて、すべてが可能だ。夢を見ることも、自分の人生に起こってほしいすべてのことにあこがれることも、恐れない。ところが、時がたつうちに、不思議な力が、自分の運命を実現することは不可能だと、彼らに思いこませるのだ。」老人の言っていることはどれも、少年にはあまり意味のないことのように思われた。しかし、彼は、その「不思議な力」が何か知りたかった。もし、商人の娘にそのことを話したら、きっと彼女は感心してくれるだろう。
「その力は否定的なもののように見えるが、実際は、運命をどのように実現すべきかおまえに示してくれる。そしておまえの魂と意思をを準備させる。この地上には一つの偉大な真実があるからだ。つまり、おまえが誰であろうと、何をしていようと、おまえが何かを本当にやりたいと思うときは、その望は宇宙の魂から生まれたからなのだ。それが地球におけるおまえの使命なのだよ。」
「したいと思うことが、旅行しかないというときもですか?呉服屋の娘と結婚したいという望でもですか?」
「そうだ。宝物を探したいということでさえそうなのだ。“大いなる魂”は人々の幸せによってはぐくまれる。そして、不幸、羨望、嫉妬によってもはぐくまれる。自分の運命を実現することは、人間の唯一の責任なのだ。すべてのものはひとつなんだよ。おまえが何かを望むときには、宇宙全体が協力して、それを実現するために助けてくれるのだよ。」

アルケミスト〜夢を旅した少年〜パウロ・コエーリョ 山川紘矢+山川亜希子訳 から

これは私が大好きなブラジル人作家パウロ・コエーリョの「アルケミスト」からの一場面を抜粋したものだ。特に私が感動した部分だ。この本自体は1988年に出版され1994年に日本語訳が日本で出版されたらしい。しかし、私がこの本にであったのはたしか、2年前の春、ちょうど大学を卒業したてのころだった。

その頃の私は正直言って将来何をしたいのかわからないで人生の路頭に迷っていた。周りの友人たちは次々と社会へ自分の次なる居場所を求めて旅立っていった。私はなんだか自分だけ取り残されたような気分になっていた。わたしは就職活動というものを知らない。

もちろん今となってはそんなことに時間をとられなくてよかったと思っている。大学時代の貴重な時間をわたしは意味もなく仕事を見つけるという時間に費やさなくてよかったとおもっている。しかし、あの当時は表向きは平気な顔をしていても心中で不安は募るばかりだった。

周りの友人たちが次々と新しい世界で自分の居場所を見つけ出していたとき、わたしはまだ一人で何かを考えていた。本当にこれでいいのだろうか、いやこれでいいんだ、満員電車で押されて、誰でもできる仕事をなにも、嫌な思いをしてまで自分がやる必要は無いんだなどいろいろ頭の中で考えてはひとりで、悩んでいた。

大学を卒業してすぐに私はタワーレコードでアルバイトをするようになった。仕事は楽しかった。大好きな音楽にかこまれ、決められた制服もなく、のびのびと自由にやっていた。おまけに金曜日から日曜日までは休みだった。唯一の問題は時給がが低かったということとだったが、私はそれでも満足だった。今思えば満足だと自分に言い聞かせていただけかもしれない。

しかし、ある日私はこの「アルケミスト」に出会ってしまった。これを読んでいくにつれだんだんと私の中で眠っていた夢が目を覚ましてきた。そう、私にはひとつ大きな夢があったのだ。いつの日か外国で暮らしてやるという。しかし、ただたんに漠然としていて、「なにをやりたくて行きたいのか」、とか「何のために行きたいのか」とかそういったことをはじめに考えたとき私ははっきりと答えらなかった。自分にとってはこれがなんだか情けないことのように思えた。目的もなくただ海外に行きたいなんて… 

親も必要以上になにをやるために行きたいんだと私に質問をしてくるもんだから私は自然にその夢が私の中で小さくなっていっていた。なぜなら、。私にはそこへ行く動機、つまり目的が必要だと信じていたからだ。そして私はそれに気づかぬふりをしていた。気づいてもどうすることもできないし、自分の置かれている状況を考えれば考えるほどなんだかいらいらしてくるからだった。

しかし、わたしは「アルケミスト」に出会ってしまった。なにげなく本屋で手に取った本だったのだが今思えばそれは何らかの運命で出会うべくして出会ったのもだったのかもしれなかった。

というのも、当時、私はこの作家がブラジル人だということをちっとも気も留めていなかった。しかし、私はロンドンで私の人生に大きな影響を与えたパウロの国の人々にたくさん会ってしまったのだ。この本に会ったのはこれの前兆だったのかそれともただの偶然だったのだろうかと今でもよく考えることがある。ブラジル… 

そして、私の生涯の親友となるブラジル人の彼女とであったのもロンドンだった。もし、私がこの本に出会うことなく、自分の運命を実行することが無かったら今の私はいなかったような気がする。それだけ、たくさんのことを私はロンドンにいた10ヶ月で得たのだ。それは、お金では買えないすばらしいものだ。そして、はじめに書いた文はこう続くのだ。

二人ともしばらく黙ったまま、広場と街の人々をながめていた。先に口を開いたのは老人だった。
「おまえはなぜ羊の世話をするのかね?」
「旅がしたいからです」
老人は、広場の一角にある自分の店のショーウィンドウの横に立っているパン屋を指さした。
「あの男も、子供のときは、旅をしたがっていた。しかし、まずパン屋の店を買い、お金をためることにした。そして年をとったら、アフリカに行って1ヶ月過ごすつもりだった。人は、自分の夢を見ていることをいつでも実行できることに、あの男は気がついていないのだよ」
「羊飼いになればよかったのに」と少年は言った。
「そう、彼はそのことも考えたよ」と老人が言った。
「しかし、パン屋のほうが羊飼いより立派な仕事だと思ったのさ。パン屋は自分の家が持てる。しかし、羊飼いは外で寝なくてはならないからね。親たちは娘を羊飼いに嫁やるより、パン屋にやりたがるものさ」
商人の娘のことを考えて、少年の心はズキンと痛んだ。彼女の町にもパン屋がいるに違いない。老人は話しつづけた。
「結局、人は自分の運命より、他人が羊飼いやパン屋をどう思うかという方が、もっと大切になってしまうのだと」

つまり人は、自分がやりたいことがなんだろうということや、本当にやりたいことを考える前に、つい周りがどう思っているかということのほうを優先して考えてしまうのだ。その結果、本当の夢を心の奥深いところに押しやってしまうのだ。

たとえば、一流の商社にはいっている人たちは、その会社の名前に満足する。それは、彼がそこでの仕事に満足するのではなく、彼はその会社が一流だということをみんなが知っているということで満足するのだ。そして道をはずすことなく、みんなと同じことをして、うその安心感を自分に与え、自分の中に眠っている夢を閉じ込めてしまうのだ。

そして、その後その閉じ込められた夢はなかなか起きることはない。なぜならば、時間がたてばたつほどより、夢は深い眠りに入っていってしまうからだ。そして、年をとってある日、ふとそのすみに押しやった夢に気づいたとき人はなぜあの時僕はこうしなかったのだという“後悔”というもので悩まされるのだ。「後悔先に立たず」といって、後から悔やんでも、もうどうすることもできないのだ。

しかし、結局、年をとればとっていくほど他人がパン屋や羊飼いをどう思っているかということのほうが大切になってきて、行動を起こしにくくなるのだ。もちろん、気づいたときに行動を起こすことはできるが、それは彼が若いときにできたはずのものとは違ってくるとだろう。

わたしはこのフレーズを読んだとき確信した。「今、しなければいつするのだ」と、そして、わたしはそれから1年後ロンドンへ旅立った。今思えばすごい行動力だったようきがする。あのパワーはいったいどこからでてきたのかと感心する。まさしく、宇宙全体が私に力をくれていたようだった。少しも不安はなかった。

恥ずかしながらこれをしたいという明確な目的はあの時、正直いってなかった。ただロンドンに行きたいということだけだった。しかし、わたしはそこで明確な目的を見つけることができた。今思えばそれはわたしに、迷って、悩んでいるなら自分を探しに行きなさいといっていたのかもしれない。そこで、何かを見つけることができ、それが私の将来につながる何かとなるだろうと。だから、宇宙全体があの時、何をしたいのかもわからなかった私がロンドンに行くことの手助けをしてくれたのかもしれないと。

あの当時、私はいろいろなことで悩んでいた。それまでは、中学が終われば高校、それが終われば大学と自然に道があった。考えることもなく、自分で開拓する必要もなく進んでくることができた。しかし、大学が終わったとき、私は社会に進むことを無意識的に拒否をした。いや、意識的に拒否していたかもしれない。そこに出て、みんなと同じ道を進むことに大きな恐れを感じていたのだった。

機械的に朝から夕方まで仕事をして、休みも取ることなく自分の時間を持つこともないこの社会に入ることに。私は私のままでいたかったのかもしれない。しかし、だからといってなにがしたいのかということが決まっていなかった私は、どこへ行けばいいのかわからなかったのだと思う。本当の意味で路頭に迷っていたのだった。人生という長い道のりの…

そして、自分を探す旅に出ることが自分の目的を見つけることができる唯一の手段だったのだ。確かに私のように自分を探す旅ができる人とできない人がこの世には存在すると思う。それは、金銭的な面であったり、正確的な面であったりまたその人が置かれている環境面であったりと。わたしは私を旅に出してくれる機会を授けてくれたことに感謝したいと思う。もし、今、自分の人生に迷っている人、なにがしたいのかわからない人、この先どうしようかと考えている人、今の日常に疲れてしまっている人、人生は長いのだから、少し遠回りや寄り道をしたってかまわないのだと自分に教えてあげてほしい。

そして、周りのことなど気にせずに自分の中に眠ってしまっている夢を起こしてあげてください。もし、本当にその夢の実現を信じているならば絶対に宇宙全体はあなたの力になったくれるはずです。だって、その夢は宇宙の魂からうまれ、それが地球におけるあなたの使命だから。それがあなたがこの世に存在している大きな理由だから。